現在の日本では空き家が900万戸を超えたらしい。問題になっている反面、新築住宅の戸数は人口減、世帯数減で減って入るものの、抜本的な解決には至っていない。材木は建築現場にお世話をしているので、無くなると困るのであるが。材木屋に限らず、住宅は地域経済に関しては建築関係や銀行、士業関連含めて密接にかかわってきている。地方自治体も人口はお客さんみたいなもので誘致合戦をしている昨今である。古いより新しい方が良いとなれば、そうそう手を止められるものではない。

個人的な話であるが、現在の住まいは築40年の古屋で空き家であったのを親戚から借り受けている。冬場の引っ越しで昔のタイル張りの風呂で凍えながら入浴して、あっさり改修を決断した。幸いキッチン・バス・トイレでサイズの合う在庫を保有していた。親戚が手を入れることに抵抗がないか、ちょっと気になっていたが意外にすんなり受け入れてもらった。一度、生活が無くなった場所に戻るのは難しいのであろうか。

古い家で広さは十分あるが、親戚の空き家でそれなりに保管しているものもある。子どもの成長で教科書や本、おもちゃの類があるが、断捨離が進まない。理屈では要らないと使わないと分っていても、なかなか捨てることができない。大して使わなかった2段ベッドなどは逆に見栄えの悪い収納スペースと化している。

空き家を改修して住まわせてもらっているが、実際に住んでみると空き家が流通しない理由がよくわかる。一つ目は上記に書いている荷物の問題、実際、一人暮らしや転勤しても実家に荷物をゼロにすることは非常に難しい。空き家だけど荷物的には倉庫や保管スペースである。小さい頃は70㎡弱のマンション暮らしであったが、衣替えの季節になると母が限られたスペースから荷物を拡げて、トイレの前に荷物を拡げられるのには閉口した。四季があるというのはそれだけ衣類や寝具など春夏冬仕様がいるので面倒である。二つ目は設備、こちらも前述したが、自分でも最初に物件のチェックは水回りである。新築時に構造用木材と然程変わらない予算がつく水回りだが、建築、改修、解体以外にはお目にかかれない構造用木材と毎日お世話になる水回りでは当然力の入れ方が違う。今は水回りは車やスマホのように機能性商品の面が強い。デザインや使い勝手、ライフスタイルでオプション選択肢も多い。自分が使わないのに、投資コストとリスクを抱えて迄、貸そうかとする人は少ない。一方で古びた水回りに住むにしても賃貸専門でそこそこの設備の整った大手管理の物件に目が行く。何でも良いと言いながらベースが良くなっているので選択肢の足きりにあうのが現状である。

3つ目は仏間の持ち出し先がない。親戚ならまだしも、仏間や位牌のある賃貸は無理な相談である。地元から離れているケースが多いが、お墓やお寺を引っ越すのは大事である。費用も手間もかかる。空きや物件の改修・賃貸をやったことがあるが、一番始末に困るのがこれである。お寺や近くの親戚に頼んで相談しながら進めるしかない。

4つ目以降は煩雑になるのでまとめて列記するが、耐震化が不十分、水害の被災する可能性のあるエリア、地域のコミュニテイに加わる事への抵抗感、解体時のコストやその後の固定資産税の負担増など様々である。いずれもコストや不動産特有の事例である。結局、自宅仕様から賃貸転用可能で無い物件が、空き家として滞留している。空きや物件は何件が扱ったが何でも転用が出来るわけではなく、やはりある種の物件のポテンシャルがある。立地や間取りでカバーできることが多い。

近年は、建坪の小さい木造建築も増えた。古い大きい家を解体して、色違いの家が3つ子のように並ぶのも多い。ここ数年勢いのあった分譲在庫も積みあがっている、新築時にそこまで考えている人が不在であるので仕方ないが、持続可能な社会を謳うのであれば、不動産や物件の終わりや出口を寧ろ蔑ろにしない事である。耐震化も大地震が起こるたびに規制が厳しくなる。耐震性の高い住宅は裏を返せば、解体コストが高くなる。昔の家は、耐震の問題はいまより弱いかもしれないが、躯体・基礎含めて解体は容易であったと思う。長く使って使用者が変わるのであればPCのリサイクル預託金のような制度を住宅に導入することも国も考えていいのではないか。