今日は、毎年お世話をさせて頂いているある団体さんとの打ち合わせでした。2年前に植林できる場所を探されており、偶然お話を頂いてお付き合いをさせて頂いている。
面倒と思うのが普通の感覚かもしれないが、ある業界の組合系で山に関して素人の方が多い。自分が感じるやりがいは、山や木材に関して知見のない方に色々話を機会を頂けることに価値を置いているからだろう。お金を払っても聞いて貰えないのに、わざわざ来て頂いて話を聞いて頂けるのは今時の言葉で「神」である。逆に言えば、いかに日頃の社会から山林の実態が知られていないかと思うと。植林しても多少山らしくなるまで20~30年、用材になるのが50年であると考えると、此方がいくつ迄世話ができるかは正直見当がつかない。現在の参加者でも一番若い方でも結構いいお年。自分の子どもも年上になるので中々想像しにくい。それでも木を植えて手入れをした山林を次世代に残さねばというのが根本にある感覚とでもいうのだろうか。食い逃げ出来ないと感じるのは損な気もするが、先祖の残した気の遠くなる時間と手間を見れば、手を合わせたくなる気持ちが自然である。別に毎日手のかかるものではないが、植林や下草刈、枝打ち、間伐、除伐で皆伐、その繰返しである。産業革命以前では農林水産業が社会の8割方を占めていた。
昭和30年には林業関係者は国内で約50万人、平成27年には約5万人で令和2年度で約4.4万人と言われている。高齢化も進んでいるが、緑の雇用などの制度や山で働きたいなどの関心も増えたのかそこまで減り方が多いとは言えないのは意外である。海外のように山の傾斜が緩いエリアと比較して一番傾斜が厳しい地形が多いのが四国、逆に海外並みの地形が北海道と東北地方と言われている。それぞれの地域で同じ林業と言え、使う機械や搬出方法も様々である。
ウッドショックの時に海外の人が日本の森林を見て、「これだけ資源があるのに木材が無いというのはどうしてだ」という声があった。資源はあるのである。伐採する人員が足りない、林業は全産業でも事故率はダントツのトップである。足場の悪い現場で、木を一本倒す、木のサイズ次第だが乗用車が数十キロのスピードで走る、重量と速度で倒れてくるのである。チェーンソーなどの便利な器具も扱いを間違えれば凶器となる。携帯の接続は悪い上に病院や救急車が間に合う場所ではない。ある程度の安全訓練と現場経験を数年積んで初めて一人前である。林業大学校などここ数年で全国各地にできて、非常に実践的な研修をしている。瞬間的、弾性的に林業は労働力を確保しにくい。どの現場もフル稼働でコストを落とす努力をしているが、全力疾走しているのにもっと早くは走れない。無理な量をこなす現場はそれこそ事故につながる。貴重な人員が死傷しても誰も幸せにならない。
伐採に関しては上記の通り専門性が必要であるが、植林や下草刈り、枝打ちなどは参入障壁は低く、草刈り機の扱いさえできれば、素人でも十分できる作業でもある。海外では「森林に入る権利」を制定する国もあると聞くが、一度役所の方に、山に入る義務を話した事がある。国土の3分の2を占めるのであれば人生とはいかなくても多少の時間を割いて出来る事をやって貰うだけでも随分日本の山林も良くなると思うのだが。