ワードプレスというツール?で本ホームページは運営しているが、他所からの攻撃?のようなものでデータが飛んでしまった。ブログのバックアップはあるので順次していきたい。
デジタルの脆さというべきか、現物の強さと違ってシステムや経験、更新される情報や知識が無いと身が守れない。業者に頼めばいいのかもしれないが、粗削りでも自分で作れる楽しみもある。15年ほど前にはホームページビルダーをPCにインストールして使っていたが、会社のホームページなどはイメージもあるのでやはりプロに頼む。値段相応なのはどの業界も同じである。祖母の実家に実名入りの古いタウンページがいまだにあるが、個人情報ガン無視の代物である。
現物より情報に価値がおかれるようになったのはいつからだろうか?不足しているものは相対的に価値が上がり、余っているものは価値が下がるのが資本経済である。木材資源は日本国内においては過剰な蓄積となっており、豊かさの象徴にもなっている。何とかプライムだので、いくらでも時間をつぶすコンテンツには困らない。情報もそういう意味では然程価値が無くなってきている。丸太や製品で大きな市場の記念市の情報が出回るのは早い。10年前に比べると、相場や大口の荷動きがその場に行かなくてもLINEやメールで出回るようになってしまった。以前は業界紙でしか分からない事も、伝手を辿れば十分に情報を得れる。業界の大先輩が、需給関連の調査の担当をしていた時には、その情報で随分恩恵を受けたような話をされていた。情報が企業規模に関わらず、フェアにやり取りできるようになったのは、商売の公平性や透明性の面でも良い事である。
震災の話で思うのは、現在の大手上場企業のルーツが関東大震災に繋がっているところがある点だ。今の大会社さんも、当時は創業者がリヤカーを引いて、被災地で材を売り歩いたなどの話を聞く。目端が利いて、必要な物資の調達が出来たら、それなりの商売ができたのであろう。有象無象がいる中で競争を勝ち残るのも楽ではない。今のようにシュリンクするマーケットより、伸びている市場で生き残る方が難しい。震災の際に色々な話や活動を聞くと、純粋な善意なのか、商売っ気なのか、恐らくその両方を混ぜたものが被災地に向かう建築業界である。戦争や災害は、平和な時の5-10年分の建築需要を強制的に作りだしてしまう。能登半島の地震からの復興もメディアで見る限り随分進みが遅いのは、被災地でこれからの見通しがつくのか迷えば寧ろ当然の事なのかもしれない。
建築の需要はさておき本ブログの需要は今の時点でほぼゼロである。先の見通しもないが、一日1つ原稿をあげる積りで進める。行のようなものである。また消えたらアップしていけばいい。真面目にやると怒るしかなくなるが、無頓着も必要な時もあるのだろう。