日が空いてしまった。
入院中に時間を持て余して始めたブログだが、案の上、更新が滞った。ノートPCを替えてしまったのも横着に拍車がかかった。親戚や知人の初盆もあり、今年のお盆は少し動きがあった。
山に携わる人は、魂は山に還る、と信じていたようだ。地域によっては遺体を籠に入れ、数年間吊るして白骨化するまでそのままにしておいたらしい。白骨化したあとは然るべく埋葬したようだが。土葬がメジャーな時代にしては手が込んでいる。衛生面の事も考えた上での知恵かもしれないが。
話がいきなり飛ぶが連休中、kindleで「アマテラスの暗号」を読んだ。自分の昔からの癖で隅から隅までというより、読み飛ばしていく方で些細な事は余り読まない。内容は日本人とユダヤ人の風習の同一性をテーマにした話?といった所か。個人的にはこの手の話は好きである。YouTubeでもこの手の話はよく見ている。疑問としては日本古来の山岳信仰とユダヤ関連の風習がうまくかみ合わない事だ。ユダヤ教の言葉、風習など共通点が多いが、山岳信仰だけはうまく説明している説にお目にかかったことが無い。主に神社、皇室、祭りなどがテーマになっているせいかもだが。
「アマテラスの暗号」の本の結末もなかなかのトンデモ本だが、最近のネットや学説で出ている内容を見るに明らかに影響が出ている話もあるのでそれはそれで面白い。
地元の一番大きな神社は、オオナムチ様を祭っている。県内の某受験に強い?神社はD天満宮で此方は牛が祭っているのが印象的。龍や蛇他の生き物を祭る神社などあるが、その辺りも海外から流入したというより、自分たちの祖霊信仰と絡んでいるのではないか。最近は神社を見ると出雲系なのかとか、キツネや犬の姿をチェックしている自分がいる。お参りさせて頂く気持ちより其方が優先されているようで、少々不心得者と言われても仕方がない。最初の最初は誰かが思い付きやいわくがあって始めたものが脈々と繋がっている。2000年も超えてくると教義ではなく型しか残らない、と某ユーチューバーの話で出ていた(ヨガなど)。山岳信仰辺りも軽く1000年以上は歴史があるので、現在の型と意味がどの程度符合するかは分からない。山岳信仰も神秘的な部分と、伝わっていない部分も結構あるのでは?と外野としては思ってしまう。気候的にも植林などに向いている地域と思えば、他国ではなく日本独自の宗教観なのかもしれない。
実家の敷地の墓地は自宅の丁度鬼門の位置にある。自意識過剰と言われるかもだが、裏山と今公道が通っている場所の反対側は古墳っぽい。根拠はないが何か出てきそうな場所と地元でも言われる。道で分断されている格好である。気が付かなければそれまでだし、気づいた所で発掘でもしなければ確かめる術はない。今日も先祖送りで墓地に行ったが、もしかして昔の人の古墳の上にお墓つくっちゃった?どうすんのよ。と自問自答している自分がいる。
日が空いてしまった。
入院中に時間を持て余して始めたブログだが、案の上、更新が滞った。ノートPCを替えてしまったのも横着に拍車がかかった。親戚や知人の初盆もあり、今年のお盆は少し動きがあった。
山に携わる人は、魂は山に還る、と信じていたようだ。地域によっては遺体を籠に入れ、数年間吊るして白骨化するまでそのままにしておいたらしい。白骨化したあとは然るべく埋葬したようだが。土葬がメジャーな時代にしては手が込んでいる。衛生面の事も考えた上での知恵かもしれないが。
話がいきなり飛ぶが連休中、kindleで「アマテラスの暗号」を読んだ。自分の昔からの癖で隅から隅までというより、読み飛ばしていく方で些細な事は余り読まない。内容は日本人とユダヤ人の風習の同一性をテーマにした話?といった所か。個人的にはこの手の話は好きである。YouTubeでもこの手の話はよく見ている。疑問としては日本古来の山岳信仰とユダヤ関連の風習がうまくかみ合わない事だ。ユダヤ教の言葉、風習など共通点が多いが、山岳信仰だけはうまく説明している説にお目にかかったことが無い。主に神社、皇室、祭りなどがテーマになっているせいかもだが。
「アマテラスの暗号」の本の結末もなかなかのトンデモ本だが、最近のネットや学説で出ている内容を見るに明らかに影響が出ている話もあるのでそれはそれで面白い。
地元の一番大きな神社は、オオナムチ様を祭っている。県内の某受験に強い?神社はD天満宮で此方は牛が祭っているのが印象的。龍や蛇他の生き物を祭る神社などあるが、その辺りも海外から流入したというより、自分たちの祖霊信仰と絡んでいるのではないか。最近は神社を見ると出雲系なのかとか、キツネや犬の姿をチェックしている自分がいる。お参りさせて頂く気持ちより其方が優先されているようで、少々不心得者と言われても仕方がない。最初の最初は誰かが思い付きやいわくがあって始めたものが脈々と繋がっている。2000年も超えてくると教義ではなく型しか残らない、と某ユーチューバーの話で出ていた(ヨガなど)。山岳信仰辺りも軽く1000年以上は歴史があるので、現在の型と意味がどの程度符合するかは分からない。山岳信仰も神秘的な部分と、伝わっていない部分も結構あるのでは?と外野としては思ってしまう。気候的にも植林などに向いている地域と思えば、他国ではなく日本独自の宗教観なのかもしれない。
実家の敷地の墓地は自宅の丁度鬼門の位置にある。自意識過剰と言われるかもだが、裏山と今公道が通っている場所の反対側は古墳っぽい。根拠はないが何か出てきそうな場所と地元でも言われる。道で分断されている格好である。気が付かなければそれまでだし、気づいた所で発掘でもしなければ確かめる術はない。今日も先祖送りで墓地に行ったが、もしかして昔の人の古墳の上にお墓つくっちゃった?どうすんのよ。と自問自答している自分がいる。